人事のジレンマ

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賃金関連情報の専門誌『賃金事情』(産労総合研究所発行)において、1年にわたって連載を続けてきています。「人事のジレンマ」というタイトルで、弊社がこれまでに取り組んだ調査・コンサルティング事例を紹介してきました。

といっても、ただの事例紹介ではありません。人事責任者・担当者が直面した「あちらを立てればこちらが立たず」の状況を詳細に記述し、読者に問いを投げかけるスタイルです。答えは示しません。読後がもやもやする(業界誌では珍しい)連載です。

2017年12月に連載最後の原稿を執筆し終えました。12回分の原稿を書いた自分を褒めてあげたいですが苦笑、それよりも、ここまでモチベーションを維持していただいた同誌編集者の方、実際に連載を読んでいただいた方々に感謝の気持ちでいっぱいです。

せっかく12回分もジレンマに満ちた事例がたまったので、それらを活用しつつ、セミナーでも実施できると良いのかなぁと、ぼんやりと考え始めています。また企画が固まったら詳細を報告いたします。連載自体はまだ残っています。是非ご覧下さい。

視座の変容

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創業当初、事業における各構成要素に独自性を帯びさせようと努めていたものです。出来る限り全ての要素を尖らせて、その尖った要素を掛け算していけば、世の中のどこにもない事業システムを構築することができる。斬新な事業システムを提示できれば、上手くいく。そう考えていました。

しかし段々、構成要素それぞれに目を向けるよりも、それらの関係性を設計するところに注力した方が良いのではと思うようになりました。更に言えば、独自性さえもあらかじめ気にする必要はなく、事業の構成要素の関係性全体が総じて中期的に良い方角を向いていればそれで良い。そんな認識に辿り着いています。

つまり私の経営の視座は、細部へのこだわりから全体感の把握へと進んできたわけですが、結局のところどんな視座がより良いのかは未だに不明です。ただ、後者の視座の方がある程度の結果を出しつつも楽しく継続していけるので、個人的には良い形で視座が変容してきたのかなと思っています。

第6期が終わる

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こんなに長く続けることになるなんて、大学院から市場に降りた時にはまるで想像していませんでした。株式会社ビジネスリサーチラボ、今月で第6期が終了します。今期もお陰様で良い結果を出すことができました。感謝です。

それにしても、前身のLLP、更には個人事業主の時代まで含めると実に10年弱の期間、この事業に取り組んでいます。10年弱…。ビジネスリサーチラボは今や、私の人生の中で一番長く所属している組織になっています。

無数の失敗に直面し、何名もの人が入っては去り、そんな生々流転の中でも、よく続けて来られたもんだ、と思います。そのことがあまりに不思議なので、創業時の継続メカニズムを検討する本を現在進行形で書いているほどです。

第7期はどんなことが待っているのでしょうか。いやはや楽しみです。第7期も引き続き宜しくお願いします。

作文を書き続ける

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ふと昔のことを思い出しました。小学生の頃、毎週1本の作文を書いていました。とはいえ、即座にまとまった文章が浮かぶようなイベントが、週1のペースで発生するわけではありません。

私は次第にネタに困るようになりました。仕方ないので「書くことがない」というテーマで書くようになりました。しかし、毎週「書くことがない」と書き続けるのは問題です。

そのうちに、「なぜ信号が青になると渡るのか」とか「ミノムシはどこまでがミノムシなのか」等、自らテーマを設定するようになりました。そんな調子で6年生になるまで、延々と作文を書き続けたのでした。

創業経験者へのインタビュー

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私自身の創業プロセスを書籍にまとめ始めていることは、既に本ブログで言及した通りです。書籍を執筆する中で、私は「自分以外の創業経験者がどのような世界を見てきたのか」に大きな関心を持つようになりました。

そうした関心は私を動かし、私は自然と創業経験者へのインタビューを開始していました。実際にインタビューしてみると、これが、何というんでしょう。まあ、本当に面白いのです。毎回聞きたいこと/話したいことが山のように出てきて、インタビュー時間があっという間に終了します。

それにしても、このような知的好奇心に駆動されて研究を進めている研究者はどのぐらいいるのでしょう。勿論、知的好奇心に駆動されていなければダメだという意味ではありませんが、ふと気になったのでした。

久しぶりに組織学会へ

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6月17日に滋賀大学で開催された組織学会に行ってきました。学会の研究発表大会に足を運んだのは実に久しぶりでした。この数年は、ビジネスリサーチラボの仕事があり、なかなか行けずにいました。

組織学会は2日間開催されていたのですが、今回は1日目のみの参加となりました。私は発表の予定がありませんでしたが、他の研究者の発表を聞く中で、他者の研究を受け取る自分の姿勢が以前とは変化していることに気づきました。

かつては、発表の中で一つでも(主観的に)良くない(と思う)部分が含まれていると、以降、その発表に対して聞く気持ちが萎えたものです。何様だ、という話ではありますが、実際そうでした。一方で、今回は、せっかく来たのだから良い部分を見出そうと思えましたし、そのことを実行できました。

なぜこんな変化が自分に起こったのか定かではありません。しかし、この姿勢によって学会をより楽しめたのは事実です。今後は出来る限り学会に参加し、場合によっては発表をエントリーするのも良いかもしれないと思ったのでした。

クリエイティビティの経営学

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6月8日に、東京大学において「クリエイティビティの経営学」という研究会を開催しました。講師の稲水伸行先生が経営学におけるクリエイティビティ研究を紹介した後、参加者同士の議論時間を設定しました。終始穏やかな雰囲気の中で会は進みました。

当日、稲水先生が特に取り上げたのはAmabileによる研究でした。私がとりわけ興味を持ったのはクリエイティビティそのものの測定です。クリエイティビティは、広がりのある概念です。操作的に定義するのが非常に難しい。Amabileの研究でも、その点は工夫(苦労?)を重ねているように見えました。

例えば、実験の中で被験者の作った産物を、複数の芸術家がクリエイティブかどうか判定する、という方法がありました。なるほど確かに専門家の共有された基準で評価を下すとなると、一見納得感があります。

ただ、そもそもクリエイティビティは、そうした既存の基準からの逸脱を伴う概念であるようにも思えます。専門家集団に評価されることとクリエイティビティは理論的に同じなのでしょうか。だからと言って、評価されない産物をクリエイティブだとみなせば良いのか。それは少し違う気もします。

いやはや難しい問題です。どうすれば良いのか即座に分かりません。そんな疑問を持たせてくれた研究会でした。数カ月後に、やはり同じくクリエイティビティをテーマに研究会を開催する予定です。その時までじっくり考えてみようと思います。